アラフォーOLがひとりでいきる話

新卒入社ルートに乗り損ねた後、色々あって30代で転職。シングル。女。彼氏ナシ。低収入…な「抉らせ系」がおくる日記。

2015年3月から、新しい職種・職場で不安一杯に勤務開始しました。
今の仕事の不安、前の仕事のこと、退職・転職のこと、その他諸々、気儘に語ります♪仕事は前向きに頑張っていますよ!

諸々あって、自分という人間について考えていました。
再三言ってますが、本当にモテません。
それでも若い頃は何かとありましたが、ある程度周囲も落ち着いてきた年齢になってからは、ひっくり返して考えてみてもモテません。

確かに、モテる、モテないっていうのは本人の積極性によるところはあると思う。
男性でも女性でも、容姿とか人柄も大事だけれど、ある程度「前向き」な人は、幸福を掴むよね、っていう。
それは人間関係でも、仕事でも。

でもやっぱり、自身の積極性度とは別に、持って生まれた才能みたいなものもあると思う。
「愛される才能」というか。
鑑みるに、きっと自分は徹底的にその能力が欠如しているんだろうと思う。
これは異性関係だけの話ではなく、同性の友人関係でも。 

高校くらいの頃から、ずっと抱いてる感覚があって、それは周囲の(特に親兄弟以外の)人は「すべて」、「自分が相手を想うほどには自分のことを想っていないだろう」という感覚。
諦観にもちかい。
友達のことを、自分が10の強さで好きだと思っていたら、きっと相手は7くらいだろう。
なんだかいつもそんな感じがしている。
肌で感じるというか。

結局単純に、自分は「人間的魅力」がないんだろうなぁと思う。
テレビとかでも、「この人、容姿もいいし、演技も上手いんだけど、なんか魅力ないな」って俳優さんとか居るじゃないですか。
なんとなくテレビに出てはいるけれど、毒にも薬にもならないような。
助演俳優賞獲る感じでもないほどの、「どうでも」な人。
自分はまさに、それの「一般人版」という気がする。

たとえば職場とかで、それなりに周囲とうまくやれていると思う。
何人かで飲みにいこうという時に声をかけてくれる人もいるし、お昼ごはんを食べながら周囲と雑談もする。
けれど、決して自分は、すべてにおいて「誰のナンバーワン」でもない。
「一番に飲みに行きたい人」でもないし「一番にお昼にいきたい人」でもない。
ただ「せっかくだから誘おうか」って人。
いつだって、誰かの人生の「ゲスト」枠。

自分自身、小学校くらいの頃から、一匹狼ではないけれど、たとえば「スクールカーストの範疇外」に位置するみたいな、悪く言えば「浮いた」ポジションに収まるように生きてきた。
束縛されることが何より嫌いなので、とにかく「自分の思うまま、自由に」動ける立ち位置にいくことを最優先に。

そういうことの結果が、今の自分なんだろうと思う。


毎日が楽しくないわけじゃない。
友達もいる。
熱中する趣味もある。
将来への夢もある。
仕事も充実している。
一人でもやりたいことはいつだって沢山。
家族仲も良好。
金銭的な困難もない。

幸福な人生だと思う。
だけれども。


ちょっと孤独だなぁと思う。さすがに。



けれど自分では、何をどうしたらよいのか分からんのよね。 

総務関連の仕事もしているので、労働保険の手続きなんかもしています。
普段は郵送で処理しているのですが、急ぐ必要があったので、直接ハロワに出向きました。

約1年ぶりのハローワーク!!
今回の用件、退職者の離職票発行の件でした。
1年前のまさに今週、私は自分の離職票を持って、ハローワークへ失業給付の申請に行ったというのに。
1年後の今、他人の退職手続きで、まさか自分が離職票を発行しているとは…。
人生、何があるか分かったもんじゃないです。
まぁそれどころか、前職退職する半年前までは、採用担当やってたんだけどね!!!


そして、1年ぶりのハロワで1年ぶりに見かけましたよ。
ハロワ前で勧誘している人々…。
ハロワがなかなか混んでいたので、建物でた時、思わずため息吐いちゃったんです。
「ふー、やれやれ」みたいな。
したらすぐ!寄ってきましたよ。

「あの、今日はお仕事探しに来られたのですか」

うーむ…こん感じ…。懐かすぃ。



大概、女性が多い気がしますが、今日は男性でした。珍しい。
この勧誘、「保険レディ」の勧誘が多いと聞きますが、あんなんで入る人いるのかなぁ…と思うこともあります。
保険レディも仕事としては良いと思いますが(向き不向きはありそうですが…友人の母親などはかなり稼いでました)、だとしてもいきなりハロワ前で声かけられてもなぁ。
やっぱり、こっちも新しい仕事を探している以上、せめて、ネットの求人情報くらい見て検討したいよね。

保険レディは「就職」じゃなくて、「個人事業主との契約」だから、ああいう勧誘になるのかなぁ。

久しぶりに、前職の同僚に会いました。
彼女はまだ同じ職場で働いていて、現在の様子なども聞けましたよ。
というか、私の今の職場の話をしても彼女は面白くないでしょうからw、話題はほぼほぼ前職の職場の話題です。

しかし、色々聞いていて驚いたのは
私が辞めてからの一年間で、何一つ世界に進展がなかったことでした。

「早く結婚したい」が口癖の腰かけ女子(だが腰が上がらない)とか、そんな感じの人たちの吹き溜まりのようになってる…。
まぁ確かに性格悪いオバさんと給料に目を瞑れば、居心地は悪くない職場なのですが…。
でも改めて外から見て、今、残っている人たちの話を聞いて、本当に辞めて良かったなぁと心の底から思いました。

今の仕事は正直いろいろシンドイけれど、少なくとも、ずっと発展性もあるし、日々自分の勉強にもなっているし、やりがいもあって面白い。
それだけで、転職した甲斐があったというものです。
会ってきた元同僚は、既婚者&子持ちで、時給制勤務希望の「生活優先」な人なので(月給制に…という話を断ってる)、居心地のよいことや、定時で帰れることが大事なのだと思います。

けれど自分は、結婚もしてないし子供もいないし、どんなに「楽」な職場でも、一日ごとに「自分の脳みそが死んでいく音が聞こえる」ような職場は嫌だなぁ。
ほんと当時は、毎日「わたし、どんどんバカになっていく」って思ったもんな。
考えないで作業するのが一番早いような仕事だから、ほんとにどんどん、アタマが動かなくなるんですよ。

ところで前職の職場は、職場の正社員・契約社員・派遣社員・請負会社社員(←我々はココ)が入り乱れる環境だったわけですが、やはり「派遣社員」の方は、派遣法の改正でゴチャゴチャしているようです。
今までは「お気に入り」の派遣社員をずっと雇うため、ギリギリの期間まで雇用して、一度リリースして、すこし時間を空けて新たに雇用する…というやり方を取っていたのですが、難しくなりそうですからね。
対策で、「メインで仕事している派遣社員」の雇用形態が変わったようだ、との話でした。
契約社員だか、子会社の社員だかに切り替えたようだ…との話でした。

でも絶対、自社の正社員にはしないんだよなー。

 その辺りの「ズルさ」を、派遣の方々も感じているようで、「結局、正社員って得だよね」というような話があったとも聞きました。
ほんとにね。
それでも、「派遣は正社員と違って責任がなくて楽」とかそういうのがあればいいけど、その会社だと、正社員もみんな定時キッカだし、派遣以上に休むし、サボる(朝電話かかってきて「休みます」ってやつ)からね。
ほんと何が理由の給料の差だ!っていうね。
やってる仕事変わんないか、派遣の方が大変だしね。
かと言って、派遣ならば、大手企業にも居られるけど、今から正社員といったら、私のように零細企業で揉まれるしかないしね。
まぁ私の信念は「鶏口となるも牛後となるなかれ」なので、いいんですが。


そして更に「なんだかなー」と思ったのは、私が辞める原因の一つにもなった「性格の悪いオバさん」 が、その「派遣社員の契約変更」で大分荒れていたというのです。
派遣さんたちは、会社の「社員」には成れていない。
けれどたぶん、契約社員などにしろ、「グループ企業の直接雇用」にはなった訳です。
ひょっとしたら、1年後には正社員などに格上げになるのかもしれないし、企業の福利厚生なども多少は受けられる立場になるのかもしれない。
それに嫉妬してか、だいぶご立腹で不機嫌だったらしいです。

彼女は、私が勤めていた頃から、最大の夢は「その職場で直接雇用されること」でした。
だから、周囲からケムたがられようが、私以上に雇用主とトラブろうが、絶対に辞めず、無駄な残業を繰り返し、正社員の皆サマに下僕のように付き従ってた訳です。
だから、そんなに頑張ってる自分ではなく、定時キッカ、電車が止まれば休み、飛び石連休はかならず間を休んで長期休暇化…な派遣の皆さんが、直接雇用になっちゃったことが、すごく悔しかったのだと思う。

でもさ、分かるじゃん!
それはさ、能力とかやる気の話じゃなくて、派遣ではなく、「取引先の社員」としてそこで働いてる自分らがさ、その職場の正社員になれないことだけは分かるじゃん!
仁義とかの話でさ!!

当時から「ここの正社員になりたいなら、派遣で入った方がまだ可能性あるよなー」と思っていたので、そのオバさんの「夢」は不思議で仕方なかった。
にしてもまだ諦めていないとは…。
なんかいっそ、哀愁すら感じる訳です。


色々聞いててほんと、「会社として何も進歩してないなー」と思いましたよ。


元同僚とは仲良くしていたので、単純に色々ざっくばらんに話せて滅茶苦茶楽しかったし、また会おうねー!と約束して帰ってきましたが、仕事は辞めて本当に本当に正解だったと改めて思いました。

良かった!! 
現職の仕事の方は超繁忙期に入ってきていて、ほんとに死にそうな日々ですが、明日からも頑張ってきます!!! 

連日、世間の耳目を集めるニュースです。

まったく立場が異なるので比べられるものでもないけれど、自分も1年前は色々あったので、「人間関係のシコリが仕事そのものに影響が出てくるというのは、きっと関わる全ての人にとって辛いだろうなぁ」とか、そんなことを考えてしまいます。
色々な立場の人の色々な感情がそれぞれ考えられるので、とても「しんどい」話だなぁと思います。

そんな中、タイトルの曲は色んな形で「テーマ曲」のようになっています。
報道の場のBGMであったり、ファン活動の旗印であったり、テレビで聞こえる機会も多いです。
そして改めて思いました。
この曲が発売された当初も思ったのですが

この曲が好きじゃないです。すごく。


いや、この言い方は語弊がある。
この曲の言わんとする旨は分かるんです。
そして「その通りだな」とも思う。
つまり「曲の主題は分かるし、良い事を言っている」とも思うんです。

でも同時に思うのです。
この曲を引き合いに何かが語られる時、大抵それは「逃げ道」として機能している…と。

つまり正しくは 「世界で一つだけの花」が嫌いなのではなく、「世界で一つだけの花」を持ち出して、「現状に甘えることを正当化する」論調が嫌なのです。
私が勝手にそう感じているだけかもしれませんが。


人間、努力したってどうにもならない時はあります。
今回の騒動だって、その一つでしょう。
スターダムのトップへ駆け上がり、そこに君臨し続ける人たちの、努力や苦労は並み大抵のものではないはず。
そこに持って生まれた才能や運といったgiftの要素があるにせよ、そのgiftの存在さえも霞ませるほどの、想像を絶する程の重荷を、彼らは背負ってきたはずです。
そして、そんな人たちだって、それでも「何かが上手くいかない」時はある。

そういう時に、この歌の伝えようとするメッセージはとても正しい。


でも例えば、自分に対してこの歌のメッセージは有効かと考えると、とてもそうは思えない。 
以前から何度か書いていますが、私は自分の人生の中で大きな挫折を味わっています。
その挫折は、私という人間の根底に、暗く冷たい闇のように存在し、常にその「重たくて暗い何か」をお腹に抱えたまま、私は日々を生きています。
そして何とか、それを改善したいと思っている。

その挫折について、今でも、「避けようがなかった」と思う。
色んな事情が重なって、きっと何度あの瞬間をやり直しても、「この結論」に至っただろうという気はする。

けれどそれでも、もしそういう自分の辛い感情に対し、誰かに「世界で一つだけの花」を引き合いに慰められたとしたにら、私は違和感を感じる。
違う。

避けようがない挫折だったとは思う。思うけども。
それでもやっぱり、私はまだこの歌を引き合いに出せるほど、何の努力も苦労もしていない。


「世界で一つだけの花」の伝えようとしているメッセージは重く尊い。
けれど他方で、そのメッセージに相応しい人がどれだけ居るのかとも思う。
他人と比べて競争して1番になることが人生ではない。それはその通りだ。
けれどそれは、「上を目指してもがく」ことをしなくて良いというメッセージではないはず。


つまりこういうことです。
「世界で一つだけの花」が嫌いというよりも、この歌の一部分を都合よく切り取って、「自己の甘やかし」に使っていることが多いような気がして、自分の中で収まりが悪いのです。
 もちろん、こういう考え方もできる。

「みんながみんな、あくせくしたり、もがいたりして生きたいわけじゃない。
ゆったりと、どっしりと、自分の道を静かに進む生き方もあるはずだ」

それはその通りです。
でも、そもそもそういう生き方ができてる人には、「世界で一つだけの花」は不要な歌なのです。
歌の伝えようとする境地の、更に先まで到達できているのだから。


あくまで自分の理解ですが。
この歌は、「一生懸命生きているけど、どうしても何かが上手くいかない人たち」に対する応援ソングだと思うのです。
でも自分は、そんな応援をされるに足る生き方が出来ている気がしない。 
もっと責めてくれるくらいでいい。
「ギリギリでいつも生きていたい」くらいの言われ方が丁度いいかもしれないw
まだ全然ギリギリで生きてない。


「お前が思ってる以上に、世間様は一生懸命生きてるんだよ!てめぇと違ってな!」と言われればその通りかもしれない。
また「そんなにいちいち、面倒くさく歌詞の意味なんか考えてないよ」と言われれば、それもその通りかもしれない。



でも自分そういうことを、いちいち考えて、けっこう本気で憤ったりしてしまう。 
我ながら本当に、天邪鬼でめんどくさいなぁと思います。
でも、これが自分の生き方なのでどうにもならんなぁ。

10年後の自分が平気な顔で「世界で一つだけの花って良い曲だよね」と言えるようになってたら良いなぁと思います。
要は自分はまだ、この曲を良い曲というに相応しい生き方をしていないのだ。 

12月の頭くらいに「ふるさと納税をしたよ」という話を書きました。
今月になって届いています!
「ワンストップ特例」の申請も出したので、「受け付けました」という受領証明も届いています。
安心安心。

大本命の肉はまだですが、今日は蟹が届いて蟹パーティーでした。
1万円の寄付額によるものなので、思ったより小さい蟹でしたが、タダだと思えば安いものです。 
蟹雑炊まで作って大満足です^^

周囲にも「ふるさと納税しなよ!」という話を散々していたら、自分の姉がやってくれました。 
姉は専業主婦なので正しくは義兄の分ですが、義兄は自分と違って収入も多いので、支払っている所得税・住民税も高くなりますから、寄付の限度額も高いようです。
なんだか自分ではもらえないような、旨そうで豪華な食材をゲットしてました。
いいなぁ。


ところで、「ふるさと納税しなよ」という話を最初に姉にした時、こんなふうに返されました。
「したいけど、いくらまで出来るのかよくわからない。損したくないし」

ふむ、なるほど…。

一般には「住民税(年間)の約2割」と言われていますが、そもそも給料天引きだと、自分の住民税の総額も忘れてたりしますよね。
「年収○○円なら大体幾ら」なんて解説してるサイトもありますが、これだって、扶養家族が居たり、住宅購入資金の借り入れやらがあったら変わってきますしね。

もっとも、今の時期だとちょうど、H27年の源泉徴収票が会社から配られる時期だと思いますので、ここに書かれてる内容をふるさとチョイスなどのシミュレーターに入れて計算してみるのも良いと思います。

だがしかし、私はもっと簡単な算出方法を思いつきました。
それは

毎月の給与明細に書かれている住民税×2カ月分

を限度額として捉えるというもの。
だいたい2割なので、二か月分なら絶対に越えることはありません。
限度額ギリギリまで使いたい方にはシミュレーターの利用をお勧めしますが、「ちょっとやりたい」方は、この形で限度額を把握するのが一番便利で簡単だと思います。

ただしご注意。
現在ひかれている住民税はH26年の年間所得によるものです。(6月以降はH27年) 
今年(H28年)から給料が下がった場合は、この方法だと算出できませぬ。 

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