アラフォーOLがひとりでいきる話

新卒入社ルートに乗り損ねた後、色々あって30代で転職。シングル。女。彼氏ナシ。低収入…な「抉らせ系」がおくる日記。

2015年3月から、新しい職種・職場で不安一杯に勤務開始しました。
今の仕事の不安、前の仕事のこと、退職・転職のこと、その他諸々、気儘に語ります♪仕事は前向きに頑張っていますよ!

ブログタイトルを変えました。開設から数年たって、アラフォーになりました。
相変わらず彼氏もなく、拗らせ系30代OLやっています。

***

大学生の頃のアルバイト先の塾は、はなかなかのブラックだった。
だからアルバイトはみんな不満を持っていたし、辞める人も多かったのだけど、その際に多かったのは「オレはもう辞める辞める」と愚痴と内面披露を、盛大に中高生の生徒にまき散らして、辞めていく奴だった。
御多分に漏れず、私も塾には不満があったけれど、その辞め方は美しくないとおもった。

いくら不満があろうが、塾講師には塾講師としての、アルバイターとしてはアルバイターとしての、責任と矜持ってものがあるはずだ。
上司とケンカしようが、バイト同士で愚痴ろうが、会社相手に労働裁判を起こそうが好きにすればいいと思うが、客である生徒に不満を吐き出すのは私の美学には反する。
絶対こんな無様な辞め方はしまいと思った。

そんなことを思いだした。




職場で、退職をしたいと申し出た女性がいた。
それは、仕方がないと思う。
自分の会社は零細企業で、はっきり言って、労働法的なものも100%守られているとはいいがたい。
わたしは、今の会社で自分のスキルアップのために得たいものがあるし、必死で働いている結果として、多少は給料も伴ってきたので頑張っているけれど(とは言え、東京都の平均年収には全然足りねー、なんでだチクショウ、こんなに頑張ってるのに)、ゆるっと働いている彼女にはそんなプライスレスは「知ったこっちゃねぇ」という話だろうし、はっきり言って給料も満足できるものではないだろう。
固定残業ついているから、基本あんまり残業代出ないし。


問題は、辞め方だ。

法的拘束力は別として、うちの会社には会社なりのルールがある。
そのルールは絶対守られねばならないようなものではなく、幾らでも例外は効く。
要は、「できるだけ周囲に迷惑をかけないように辞めてね」というだけの話だ。
急な病気で出勤できなくなった等は仕方ないにしろ、引継ぎのできる時間、後任者を探す時間を用意してくれという話。
あとはルールではないけれど、繁忙期の最大ピークを避けるとかね。

彼女は、その全てをブッチして、退職を申し出た。

某アイドルグループではないが、「責任感…」という話だ。
(ちなみに嵐は責任感に満ち満ちていると、私は思う)
だがまぁ、それもいい。仕方がない。
私も前職は上司とのトラブルが原因だったこともあり、まぁまぁ急な辞め方をした。
もっともパワハラの辞めさせる嫌がらせを受けていたから、別に急に辞めたところで向こうも困らなかったとは思うが。(それでも退職月の前月頭に申し入れましたわよ)
とにかく人には「もームリ!!」となることもあろうと思うので、仕方ないとは思う。

問題は、その理由だ。

彼女は「夫」を理由にあげた。
曰く「残業が多く、労働環境も大企業などのように良くないこの会社を、すぐにでも辞めろと、夫が言っている。辞めさせてもらえないなら、ダメなら夫は自分が電話をするとも」。
その話に対し、会社は「辞めるのは了承したが、いくらなんでも急すぎる。退職日を2週間ほど伸ばして、少しこちらの準備もさせてもらえないか」と答えたらしい。
結果は否。夫が許さなかったと。
彼女の言い分としては「自分は辞めたい訳ではないが、夫が強くそう言っていて」とのことらしい。

私は怒っています。いろんなパターンを考えて、すべてに怒っています。大激怒です。

まず一つ目。もし彼女の言い分が全て真実であった場合。
(んな訳ないだろ、と思われるだろうが、ちょっと本当にそうっぽい雰囲気の人なのです)

1)とりあえず夫出てこい という話

会社には関係ないが、私はその夫と本気で真向からケンカしたい。
自分の妻を何だと思っているのか。てめぇが命令する理由は何だ。
いや、その命令に従うことを妻自身がヨシとしているなら、部外者の私が何かいう問題ではないかもしれないが、だが私はお前が嫌いだ、と言ってやりたい。

というかだね、そもそも、残業なんか全然してないわけですよ
いわゆる「総合職」のポジションになっちゃってる私とかと比較した場合はもちろん、彼女より後から入った一般職の女性と比較してもしていない。
言っちゃ悪いが、辞める彼女は仕事が出来ないのである。本当に出来ないのである。
何をするにも要領が悪く、遅い。
だから定時に上がるにしても、そっから帰るまでがトロいのである。
えっ、そこもダンナは残業にカウントしちゃってる?
知らねぇよ。そこまでも残業代払うような会社に行きたいなら、大企業に入れよ。
入れるならな。止めねぇよ。

2)そもそもダンナの命令が真実だとしてもっと上手い言い方はないのか

彼女の言い方・やり方は、そこで働いている人たちに対し、あまりに失礼だと思う。
コンコンと説教したいくらい失礼だ。
うちの会社に問題がないとは言わない。
だけれど、少なくとも彼女の周囲の人たちはみんな、彼女にめっちゃ優しかったはずだ。
うちの会社は基本的に「責任は全て総合職がおっかぶれ」なので、一般職には優しいのだ。
残業についても、自発的に残業していても、必ず「そっから先は自分がやるからもう帰っていいよ」とか、どうしても残ってほしいときも「申し訳ないけど、あと一時間頼めるかな」とか、ちゃんと確認している。
そして用があると言われたら、絶対に引き留めない。
遅くとも、19:30に退社できる程度の残業だ。
私は彼女のポジションにいた時、間違いなく彼女の三倍以上の仕事をしていたが(これは断言できる)、それでも基本定時で帰っていた。
それより忙しくなりそうな時は、仕事を減らしてくれた。
(逆にパートで時短の週3なのに、自分と同じ量の仕事をこなしている人もいた)
要は人の能力を見て仕事を振ってくれるのだ。

そういう職場の人たちに対し「旦那がこんなにあなたたちの悪口を言っている」という言い方は失礼じゃないか。

別に真実を言う必要はないのだ。

「夫婦で話し合って、子供も欲しいし、私には家事に専念してほしいということになった。
そして、実は少し体調が優れないので、急だがすぐに辞めさせて欲しい。
夫も非常に心配していて、過保護かもしれないが、すぐに退職してほしいと言われた」

とでも言えばいいのだ。結果は変わらないが失礼ではない。
まぁそういう機転が利くのなら、もっと仕事もできるだろうというのは分かっちゃいるのだが。




そしてもちろん考えられる二つ目のパターン。
夫の話は全てデタラメで、言い訳に過ぎない。
(或いは夫が「自分を悪者にしていいよ」と言ったパターン)

この場合は、夫の評価は上がるが(だが本当のやさしさとは甘やかすことではないとも思う。特に夫婦ならば)、当然、私の怒りはさらに増します。
てめぇの意思を貫くためには、てめぇ自身で泥をかぶれよ、という話。



とにかくね、辞めるのはいいんですよ。時期的なものも仕方ないしね。
でもね、一方的にこっちの会社を非難するようなやり方は本当に腹立たしい。
なんというか人間として、礼がないし、感謝もないと思う。
人として、そういう方法は駄目だと思う。

私は人間として生まれたからには、自分が人間であるという誇りを持って生きたいと思うのです。
「自主・自律・自由」という言葉があるけれど、いい言葉だと思う。
私は自由で居たいけれども、その対価として、己の責任を差し出そうと思う。
いつだって、手に刀一振りを携えて、戦場に着流しのまま飛び出すような心意気で生きたいと思う。


まぁ実際のところは、一つ目と二つ目の合体パターンなのだろう。
恐らくだが、彼女と旦那さんの収入差は倍以上ある。
そうなれば当然、旦那さんは「家事はキミがほぼやり給え」になると思う。
(この国には、性別による賃金格差・差別が明快にあるので、賃金の差=家事分担の比率という考えはどうかと思うけれど、少なくとも彼女と旦那さんに関して言えば、そういう格差・差別がなくとも、それだけの差がつくと思う。能力的な問題で)
けれど彼女は、家事を旦那さんの求めるレベルでこなすことは出来ないだろうと思う。

なぜなら、家事こそ、要領だからだ。

特に、彼女のこなしていたような、総合職の補助的職種で仕事ができないということは、家事的仕事の才能がないということだ。
(補助仕事というのは基本的に、被補助者に対する先読みと要領と提供スピードなので)
残業で少しでも帰宅が遅れれば、彼女はそれを取り返すことはできなかったろうと思う。
そこに不満を持つ旦那さんを、うまいこと言いくるめることも。


だからまぁ、成るべくして成る結果なんだろうけど。
でもそれで被害を被るのはこっちだからな!!まぁそんなにダメージない気もするけどな!!


私の立場で直接彼女に何を言ってもパワハラになりそうなので、何も言いやしませんが…。
お前のその生き方は大嫌いだ!!!!!!!!!
と自分のブログで叫ぶくらいはお許しください。




近頃は精神的に孤独すぎて、本当にヤバくて、なんかあれやそれやでヤバい感じです。
けっこう定期的に「あっ、あと一週間、生きてないかもしれない」と、けっこう現実的に感じることも多いくらいのヤバさで(感覚としては「死が近づいてくる」っていう感じです。いつでも手が届くぞ!手を伸ばしちゃおうかな!みたいな)、実は自分でも危険を感じている孤独さです。
でもこの孤独の解決の方法はまったく浮かばなくて、なんとなく、これはもうどこまで進めるかくらいの話なのかなと思ったりもします。
ある日訪れる もの を待っているのかもしれない。

けれどそんな耐え難い孤独の中にいてもなお、強く思います。
何が何でも、最後の時まで己の美学だけは貫いてやろうと。
自分の生を、「何か凛としたもの」で彩ることは、寿命を延ばすことより価値あるように思うのです。


言わないけどな、少し思った。そんな生きるために生かされるような、家畜のような生き方は嫌だ。
誰かのための生産物ではありたくない。魂は。

クローズアップ現代で萩原慎一郎さんという歌人の特集が組まれていました。
有名私立中学に入学しつつもそこでイジメに遭い、そのトラウマから「社会」での生活が難しくなってしまった方だそうです。
それでも創作活動を心の支えに(趣味レベルではなく「歌人」と言えるレベルの創作活動です)、高校を卒業し、通信で大学を卒業し、ある事務センターで非正規の仕事をしつつ、歌人として活動されてきたそうです。
歌人として将来を嘱望されながら、2017年に自ら旅立ってしまわれたそうです。

この方の短歌は、「非正規労働者」「社会の中心から外れてしまったモノ」の視点による作品が多く、亡くなられた後出版された歌集がヒットしているという番組でした。

こちらは5月の別番組での特集ですが、内容はほぼ近しいです。

https://www9.nhk.or.jp/nw9/digest/2018/05/0531.html

私はこの方の歌集を拝読していないのですが、この記事の中の、お母さまの談話による、ご本人のエピソードに心を打たれました。

上記記事より引用します。

萩原慎一郎さんの母の手記
「『やはり辛い。
普通だったら結婚とか、子どもとか言う年齢だよ。
新卒の人たちが研修中で皆で昼食をとっていたり、赤ちゃんが生まれて連れてきた人を見て落ち込んじゃった。』
私が『これから歌集も出るし、楽しみがいっぱいあるじゃない。
賞も取るんでしょ。
慎ちゃんは頑張っているよ。
これから良いことがいっぱいあるよ。』
と話し合うと『そうだね、ありがとう』と落ち着く感じだった。」

何に心が打たれるか。
これと同じような会話を、私は何度、母と繰り返したことか。

私は、部活動で同学年の部員全員から無視されたり、私を糾弾する集会を開かれたりした経験はありますが、私自身の気の強さと異様に口が立つという特性、あと部活以外の友人関係に非常に恵まれていたため、イジメなどには発展しませんでした。
(傷つかなかったわけではないし、数々の同様の事件は、自分をさらにひねくれさせたけれども)

自分が人生のレールを外れたのは、複合的な理由による、精神状況の悪化としか言いようがありませんが、とにかく自分も、人生の途中まで世間では「優秀」とされながら、ある時、数年間の空白期を過ごし、社会の流れから逸脱してしまった訳です。

そして、ソロソロと回復してきた頃に勤めたのが、役所系の短期アルバイトで、その後勤めたのが前職での大企業内の下請事務員でした。
本当に、辛かった。
特に前職では、4月の時期、一階に張り出される新入社員の辞令が苦しかった。

ずらっと辞令を眺めるわけです。
当時は今より5歳以上若いですから、新入社員といっても院卒の人などだったら、年齢は3、4歳しか変わりません。
そしてそこに居る誰より、自分の方が学歴が高かった。
いや、もちろん就職は学歴だけで決まるものではないから、自分が新卒で受けても落ちる可能性が90%なのは分かる。
けれど、自分はもう「応募」さえできない。この差は何だ?と。

その時の自分の月給は、額面14万、ボーナス無しです。
昇給の見込みはまったくありません。
一方でそこの新入社員は、基本給と通常の賞与の時点で最初から自分の年収の倍以上になる訳です。
その1年だけじゃない、この先30年、差は広がり続ける。
私が作ってしまった空白は、それまでの私の努力全てを無にしてしまうほど、許されないものだったというのか?
社会に原因がなかったとは言えない部分もあるのに?
(自分の問題も大いにありましたが)

まだやる気に満ち満ちている新入社員のかたなどはいいです。
自分のような外部の下請事務員、派遣社員にも、丁寧に接してくれます。
その方達自身も社員としては下っ端ですから、大変そうな姿も見えます。

けれど最悪なのは、バブル期にコネで入り、窓際になったやる気のないモンダイ社員達。
自分の居た「企業」は販管部門を、本ッッッッッ当に軽視する会社だったので、販管部門で独自の採用はしていなかったのです。
つまり、経理だから簿記会計知識のある人を採用しようとか、契約書も扱う総務には法律知識のある社員を入れようとか、そういう発想はなかった。
ただ、「使えない」「問題児」だけを販管部門に入れていた。
本人達もその自覚があるから、本当に態度がひどい酷い。
それでも、労使の強いその会社では、彼らはクビになることもないし、給与も毎年ベースアップするし、有給も全部使いきれるし、10年に一度はリフレッシュ休暇があるし、その給与形態は日本の平均年収の倍に届くくらいの金額な訳です。

その横で働くこと。

自分の何が悪いのかと。
この会社は、何故、この人たちと自分を挿げ替えないのかと。
別に入社したいわけではありませんでしたが、日々思っていました。
仕事も自分の方が圧倒的にできているという自負がありました。
上司からの言いつけにも、不満など言わず、ニコニコと従いました。
意見を求められた時には、自分で考え、返すこともしました。
そして学歴だって自分の方が良かった。
(学歴のことばっか書いてますが、至上主義者じゃないです。
所詮、飾りの一つだと思っています。
それでも、何かの飾りが欲しいというなら、その飾りだって持っていたのにと思うわけです。
そしてその飾りは、私の万能を証明するものではないけれど、少なくともある一定の時期に、ある一定の基準の競争で、ある一定の成果を出すために、私が最低限の努力をしたということは証明してくれるはずなのです)

同じ仕事をしながら。
いや、むしろ彼女たち以上の時間働きながら、なぜ私は彼女たちの奴隷のような扱いを受けねばならないのか。
なぜ彼女たちの給与は私の5倍以上なのか。
(しかも彼女たちは、自分の待遇・給与にしょっちゅう文句を言うのです)


先への展望はまったく見えなかったし、もう全てを終わりにするしかないと、電車を待つホーム、道路の上を渡る歩道橋、自宅マンションの廊下、一人きりの自室、お湯のはった浴槽、何度も考えました。

その後いろいろあって、その職場を離れ、今に至る訳ですが、転職の際一つ決めたことがありました。

「パッと見の待遇がよくても、大企業の派遣などにはならない」

です。
結局、非正規は非正規。
自分に自信があればあるほど、その壁に苦しむことになる。
そして苦しんだところで、その環境に居る限り、その壁はなくならないのです。

たとえば同じ月収14万なら、もともと全員が14万で正社員の会社で働いた方がずっと、心穏やかです。
そして、その選択は正しかったと、今思います。
自分などは、親も親戚もいわゆる「大企業」の会社員で、自営業者さえ居ませんでした。
だから中小企業、特に社員数が10人、20人といった「小企業」への不安と疑心は大変なものでした。

けれど今改めて思うのは、一度レールを外れてしまったなら、この国ではもう、冒険するしかないのです。
そして最悪、どうにもならなくなったら「自分一人で」仕事をするという意思を持つしかないと思います。
そして中小企業での仕事は、そのための一つのインターンのようなものだと思うべきと思います。

もちろん、「小企業」は当たり外れが大きい。
というか当たりはそんなになくて、「外れじゃない」を探すしかないし、複数回の転職が必要になるかもしれません。
それでも、大きく立派なハコの中で、自分にはもう上がれないステージにいる人たちを毎日眺める生活よりは、ずっと心にいいはずなのです。


もちろん、既に「仕事」以外のメインがある方は(子育てをしているとか。他の夢を追っているから、初めから仕事はセーブすると決めているとか)、いいのです。
むしろ大企業内の派遣等の方が、ルールがきっちり守られるので、自分にとって一番大事なことを追及しやすいと思う。

けれどもし、仕事することそのものが自分にとってのメインであったなら、その派遣や非正規の仕事が、次の仕事へのステップアップでない限り、選ぶべきじゃないと思います。
というか、雇用形態や雇用先に関わらず、一度踏み外してしまった人間は、仕事を常に「その仕事を辞めた時、今より自分の市場価値はあがるか」という視点で選ぶべきと思う。

自分は最初のアルバイトでは「オフィスワーク経験がある」と言えるようにすることが目的でした。
(やってたことは封筒の宛名書きとシュレッダーですが)
前職では、複数年のフルタイム勤務経験と、PCを用いた仕事の経験、つまり「社会人経験あり」と言えることが目的でした。
それでも、日々つらかった。

毎日毎日「何を自分は、どこで間違えたのだろう」と自問すること。
親の友人たちの娘息子との現在の自分の差。
元同窓生たちとの差。
屈辱感。
怒り。
自省。
ああ、もう消えるしかないという絶望。


社会では、非正規というと、金銭面のことばかりクローズされる。
しかし自分のように家庭に恵まれて、生活の上での困窮はなかったとしても、生きる道の断たれる絶望は追ってくる。
私はこの記事の内容を絶対の正解と言いたいのではない。
あくまで私の考えだ。異論も反論もあるだろう。
5年後、今の自分の考えを愚かだと笑うかもしれないし、嘆くかもしれない。

けれどそれなりに頑張って生きてきたはずなのに、どこかで道が断たれた人間が、どこかで足掻いているよということを書きたかったのです。

だいぶ久しぶり~な更新になってしまいました。
このブログのテーマでもあった「転職」ですが、一応、転職してから約3年半、まだ辞めずに続いています。
20代をフラフラとすごし、定職に就いたのがとても遅かった自分が初めてちゃんと勤めた前職は2年半ほどだったので、すでに一年記録更新しました。

現在の勤め先も、極小企業なので会社にも人間にも癖があり…。
福利厚生や給与他待遇面などは、大手民間企業に及ぶべくもなく、人の移り変わりはとても激しい職場です。
それでもなんとか、自分はそこそこ性にあったのか、現在も特別に「辞めたい」などと強く思うことはなく続いています。
この先はどうなるか分かりませんが、とりあえず入社前よりスキルアップできましたので(給与アップもだ)、及第点はあげられるのではないかなと。


見に来れない間にもコメントなど頂いてありがとうございました。
お返事できず申し訳ありません。
自分の愚痴のようなコメントにも、励まし(?)のお言葉などいただけてとても嬉しかったです。
まことこの世はままならぬ…と思うことばかりですが、あんまりキリキリしても仕方ないのでね。
今を楽しむことを最優先に日々暮らしておりますよ。
若干、生き急いでいるなぁと思う時もありますが。



そんなこんなで、ブログ開設時に比べ、だいぶ年を取りました!w
職場も、人手不足で経験者の採用が難しく、新卒者やそれに近い経験しかない人を取るなど、どんどん平均年齢が下がっています。
入社時は周囲の女性陣に「わかーい」と言われた方だったのですが(自分より若い方は居ましたけど)、すっかり中堅どこというか、お局の域です…。
まぁそれ自体は、人間は誰しも均等に年を取るし、私自身「若い」というだけでチヤホヤされた時期も楽しんだので構わないのですが(一生に一度のボーナスステージみたいなもんだね)。

最近思うことがあります。
それを書きたいだけで、墓場から蘇ってきた私ですよ!


というのは「おばさん化と仕事の場での使いにくさの相関性」という命題です。


自分自身が今まさに、その岐路にいると思うので…考えてしまいます。
自分もこの三年ほどで少し出世し(役職が付いたとかじゃないですよ。先輩になったっつーだけですw)、周囲の人に多少仕事の指示を出す立場になりました。
相手は、自分より後に入った人々です。
20代もいれば40代もいます。

自分ははっきりいって短気です。
短気だし、トロくさいのが嫌いだし、自分自身も精神的に未熟なので、はっきりいって人の使い方が上手くありません。
だから自分自身の指示その他に問題があることも分かっているし、それは私自身の課題です。

それを踏まえたうえで思う。

「おばさん(化している人)、使いにくいよっ!!」

と。
現実問題として、相手がこっちの求めるレベルに達していないというのもある。
それは私が求めすぎなのかもしれないし、相手がダメなのかもしれない。
そこは自分じゃ判断できないので、よう言わん。

言いたいのはそこじゃない。
たとえば、ちょっとめんどくさい仕事とか、分かりにくくてやりたくないなってこととか、えッそれ今やんないとダメ!?みたいな仕事とか、振られることあるじゃないですか。
働いてるとどうしても。
でもこっちも振らないわけにはいかない。
仕事を振るのが私の仕事だし、そのタスクをこなすべきなのはその人だからだ。
それでも(自分としてはできるだけ)低姿勢に、相手の状況(残業できないとか)も配慮して声をかけてるつもりだ。
もしどうしても出来ない状況なら、断ってくれてもいいと思っている。
(もちろん、そんな状況じゃないのは確認してから振ってんだけど)


なんかさ、おばさん化生き物って、そういう時さ、あからさまに嫌な顔すんのよ。
その後、これ見よがしにため息ついたりとかすんのよ。

なんなん?あれ、なんなん!?

仕事の出来る出来ないは経験値とか能力とかいろいろあるから、仕方ないかもしんないけど、気持ちよく引き受けるってことができないのはなんなん!?
実年齢じゃない。
「おばさん化」してるかどうかな。
してない人は、実年齢関係なく、気持ちよく仕事受けてくれる。
でも「おばさん」はする。


あれって結局、思考と表情とか言動が連動するようになっちゃってんのかな。
実年齢的にも若い人はとりあえず、みんな仕事はニコニコ引き受けてくれるんだよな。
(出来る出来ないはともかく)
実年齢が高くても、もちろんニコニコと引き受けてくれる人の方が多いんだけど。


なんつーか、自分くらいの年齢からそういう「おばさんワガママ」みたいのが出てくるのかなぁと思ったら、反面教師で恐ろしくなった。
女性の場合、自分くらいの年齢で給与が頭打ちの人が多いと思うのです。
(バリバリやってる人は別として)
だから「どうせこれ以上がんばっても変わらない」みたいな感覚が、無意識に自分を支配するようになるんですかね。


年上としてのプライドがあるのに、年下から指示されるのが嫌なのかなぁ。
でもそれは選択だから仕方ないよな。
私もそれは嫌だから、その人たちの3倍仕事しているし。


まぁなんかそんなことでモヤモヤする日々です…。ちょっとPCある部屋がクーラーなくて、頭ぐらぐらしてきたんで今日はここまでー。


だらだらと愚痴を失礼しました。それでは。

だいぶ放置していましたが、結論まで書いた方が良いだろうということで、今更続けます。
状況としては、個人年金保険に入ろうと思い立った私が

・保険の比較検討のために保険のビュッフェに面談を申し込み
・保険のビュッフェのタイムラグのある連絡と一方的な日取り場所の決定にイライラした

ところで止まっていました。
番外編として

・そもそもどうして個人年金保険に入ろうと思ったのか

という話題もあります。

さて、当日になり若干ドキドキしながらファミレスに向かいました。
ちなみに、面談の希望日を申込時の2週間後以降しか受け付けてくれなかったので、その間に私の予定が変更になり、予定日(休日)にどうしても仕事に行かなければならなくなってしまいました。
幸い、全日の出社ではなかったので、事前に担当になったFPに連絡し、30分ほど待ち合わせを遅らせてもらいました。

さて待ち合わせ場所のファミレスでは、スーツを着た男性が一人人待ち顔。
すぐにあの人だな、と思い声をかけると感じの良い挨拶をしてくれました。
雰囲気も爽やかで嫌な印象はないですし、会って怖いような雰囲気のひとでもありません。
時間の変更を詫びるとニコニコと「大丈夫ですよー」と仰って下さいました。

一通り自己紹介を聞きます。
曰くFPさんの仕事というのは、こういう保険の代理店を通じた「個人のお金の運用の相談」以外に、まさに保険のビュッフェなどで行っている、人を集めた「無料セミナー」のようなものの講師が多いとのこと。
とくに最近は講師業が多く、参加者の多くは既婚未婚問わず20~40代の女性とのことでした。
そして仰るには
「自分は保険の代理店業も行っているが、保険屋ではない。
 実際、今日のような保険関係の無料相談を通じて、単純な資産運用の顧客となり、ことあるごとに相談を頂く、一生の付き合いになる人もいる。
 だから今日は、保険を勧めに来たわけではなく、あなたが知りたい資産運用の方法について、さわりを説明したい」
とのことでした。

なるほど。言ってることは分かりました。FPとしての立場ならそういう発言にもなるでしょう。
ただ私、保険のビュッフェで面談の申込をした際に

「個人年金保険に入りたいから、どこの会社のものにどういうリスクがあって利点があるのか等聞きたい」

って書いてるんですけど……。
そこで

「確かに、個人年金保険以外にも資産運用の方法はあるだろうが、まずはそれに入ることが目的なのでその話をしてくれ」

と言いました。
すると「分かりました」と仰ったうえで衝撃の発言。

「でも私、今日はご紹介できる保険商品を一つも持ってきていないので、まずは面談させて下さい」

はあ!?!?!?!?!?

この時点で私は「あっ、これ時間の無駄じゃねぇか」と感じました。
ていうか、このFPのスタンスなのか、保険のビュッフェの方針なのか知りませんが、「年齢・性別・職業・簡単な年収・既婚未婚子アリナシ、及び"個人年金保険に入るために申し込んだ"」という情報を与えている顧客に対して、保険設計書を持ってこない理由が分かりません。
とりあえずの案内パンフくらいは持ってこれるだろうよ。

この時点で私は考えを変えました。
自分自身も仕事の営業などで、お客さんと一対一で説明したりすることがあります。
まだペーペーで経験が浅く、うまくできない自分。
FPっつーやつの力量を見せてもらおうじゃないの!と。

とりあえず素直に話を聞いてみることになりました。
すると始まったのは、私に対する(アドバイスをするための)「聞き取り面談」ではなく、FPの「講義」でした。
これがね…なんつーか。結論を先に言うと、すごく無駄でした
なぜかっつーとこのFP、「自分が考えてきた話の流れを相手によって修正する」ってことができないのです。
引き出しが少ないとも言う。

会話その1

FP「のまさんは、銀行口座はいくつ持っていますか?」
のま「5口座ですね」
FP「それはどういった理由で?」
のま「日々のお小遣いを入れている口座と、長期の貯金用の口座と、趣味があるのでその趣味関係の支出のために別枠で貯めておく口座と、短期の大きい支払いのために貯金とは別にいくらか入れてる口座と、ネットバンク関係で必要な口座ですね。あ、外貨もあります」
FP「そうですか。一般に口座って1つしか持ってない方が多いと思うんですけど、お金を貯めるには3つの口座があるといいと言うんです。なぜか分かりますか?」
のま「・・・・・・・・・」

その話、私に必要だと思った?私の話聞いてた?

会話その2

FP「個人年金口座に入りたいとのお話ですが、かけたお金が将来増えて戻る以外に、何が利点になるか分かりますか?」
のま「年末調整の保険料控除ですかね。」
FP「そうですね…では保険といっても同じじゃないって知ってます?」
のま「年末調整とかの話で言ったら、生命保険、介護保険、年金保険は枠が違いますよね」
FP「実は保険には、それぞれ控除の枠ってものがありまして…」

いやその話、今私したよね!?

要は、「えっ知らないですぅ」という反応を想定した回答しか用意してきてないんです。
つまり「何の知識もない人を相手にする」っていう前提しかないんです。
私の言ったことは、何らの専門知識でもありません。
サラリーマンで年末調整書類を自分で書いたことのある人ならば、みんな持ってる知識です。
でもそういう人が来る場合の対応ができないんだな。
しかもこいつ、控除の限度額の説明、間違ってたんだよなー。

FPの知識不足なのか、単に話術能力が低くワンパターンなのかは分かりませんが、どちらにせよ失格です。
こっちの話を聞いて「会話レベルを変動する」くらいの手腕は必要ではないでしょうか??

一生懸命話してくれるので一応フンフンと真面目に聞いていましたが、ほんと一向に保険の話出てこねぇ。
さすがにしびれを切らして言いました。


のま「すみません、私個人の設計書がないのは分かったんですが、せめて、各会社ごとの長短とか、パンフとか見せてもらえませんか」
FP「いえ、今日は何も持っていませんので」

てめぇホント何しに来た。


FPによると、今日の話で私にお勧めしたい保険を考えられたので(ほぼ、一般論をおめーが喋ってただけだけど…と思った私)、次の予約日を決めたいと。



えっ、またてめーと会うの?



私このころ、めっちゃ忙しくてですね。
とにかく仕事が忙しくて、休日出勤もザラなうえ、プライベートの趣味の用事と、引っ越しの準備でほんとに時間がなかった訳です。
しかも9月中に保険に入りたかったのに、もう9月20日くらいになってた。
一応予定のすり合わせをしてみたのですが、どうやっても11月くらいまで私の予定は空かない。
しかもね、安月給とは言え、私だって働いてる人間ですからね。
自分の時間を拘束されることに対しては時給換算しますよ。
もうね「もう一回あったらJCB商品券5,000円じゃペイできんわ!」って話。

結局、その人には
・メールで設計書を送ってくれ
・一生懸命話してもらったので、その中で申込たい保険があれば、あなたを通すようにする
・設計書は必ず見るし、読み方分かるから安心しろ
・保険の申込のためもう一度会わなければならない時は時間の都合をどうにかする
・外貨建に入る気はないから要らん
・できるだけ多く提案してくれ
・私が一番重視するのは返戻率だが、返戻率が低くとも別の面でお勧めの保険があるなら紹介してくれ。そもそもその話が聞きたかった
と伝え、分かれました。
私は約束は守るので、まともな保険を紹介してきたら、必ず彼を通すつもりでした。
微々たるものでも一応営業成績になるんだろうしね。
さらに、自分なりに調べて、その時一番返戻率が高い保険会社は目星をつけていたので、そこからどう動くかが見物とも思っていました。


その後の話。

1)FPがメールを寄越したのは一週間後だった(遅すぎる)
2)紹介してきたのは同じ保険会社の商品二つだけだった
3)そのうち一つは外貨建だった
4)円建のものも、私が見た他の会社より返戻率が低く、また高度障害時の支払い免除特約など、返戻率を下げても魅力と思えるオプションのあるものではなかった



まったくの時間の無駄でした。
もっとも、その後ちゃんと保険のビュッフェは私にJCBギフト券を5,000円分送ってくれました。そういう意味ではきちんとしていました。

ただ、このFPは駄目です。
恐らく、ハナから「個人年金ならココという自分への報奨金の高い会社しか見ていない」し、私の「もう一度会うのは無理」という言葉を「コイツはJCBギフト券目当ての客だから、どうせ保険には入らない」と判断したのだと思います。

けれど私は、魅力的な商品があれば他の種の保険も検討したいと考えていたし、また、単純に他の資産運用にも大いに興味があったのです。
外貨口座作るくらいだからね。
そして申し込み時の時から「個人年金保険に入ることは自分の中で確定している」と宣言していたのです。


このFPがダメだっただけかもしれませんが、今後、他の保険を検討するときに、この手のコンシェルジュ系で「保険のビュッフェ」を使うことはないと思います。

お久しぶりです。のまです。
半年ぶりの更新となってしまいました。
実はこの期間に大きな生活の変化がありまして…、わたくし、結婚…はしてないし相変わらず彼氏もいませんが、引っ越しをしました。
それで、しばらくネット環境を整えておらず、スマホのテザリング機能でたまにつなぐ程度でしたので、ブログ更新も滞っていたのですが、先月ようやく、ネットの申込を行いまして。
またぼちぼち、PCを触る生活に戻れるかなと思います。
(やっぱり常時接続じゃないネット環境って使いにくいです。PC向のサイトは重いから、格安simのテザリングだと速度が足りなかったり、契約の容量をどんどん喰ってしまったり)

さて、この期間も色々ありましたが…。まずはどうでもいい雑談などしてみたいと思います。

カテゴリ「前職の諸々」で散々触れてるように、前職ではけっこう嫌な思いをして仕事を辞めた私ですが、当時の同僚とは未だに数か月に一度飲みに行く関係です。
そして久々に会った彼女とから前職場の現況を色々聞いていて(相変わらず何も進歩はないのですが)、「へえー」と思ったことがありました。
それが今回のタイトルの「バブル感覚」です。

これまた既出ですが前職場の雇用主(要は社長)は、一般職員やパートにも、他の従業員への悪口や愚痴を言いまくる人でした。
最終的にそのことが私の不信感を呼び、退職への契機の一つとなったわけですが、元同僚はとても聞き上手な人で、かつ「話半分に聞く」能力のとても高い人です。
つまり「自分の人生に関係ないこと」に対し、あまり何とも思わないんですね。
なので、彼女は相変わらず元雇用主の愚痴壺になっているらしいのですが、元雇用主は、やはり散々このブログに登場している「性格の悪いオバさん」を指してこう言ったというのです。
「一人、高級取りがいるから(金銭的にキツい)」
(なお、元雇用主とオバさんはとても折合いが悪い)


ちなみに、そのオバさんはかつて、自分の給与に対してこう言っていました。
「ワーキングプアは辛いわぁ」と。

その頃の私の月給が、だいたい大卒初任給(年齢は+10歳だったし、ボーナスがほぼないので年収はずっと低いですが)。
正直低所得ですが、実家だったので「プア」という感じではありませんでした。
そのオバさんも、離婚して子供がいるとは言え、元旦那は養育費をしっかり払ってくれる人(子供への想いは強い)&それなりに裕福で不動産収入もある実家へ出戻っている、ので自分と同じ収入だとしても「プア」という程ではなかったのではと思います。
まあ安月給には違いないけどね。
自分よりは高いはずなので、月収ベースで24万くらいなのかなーと思っていました。
僅かなボーナス等足して、年収300万ちょっとぐらい。
彼女は結婚前に働いていた時は「会社で女性初の総合職だった」ことを自慢していましたので、まぁその感覚からすると不満なのかなぁ、と。
でも、自分で自分のことを「プア」と言ってしまうのは私は嫌だなぁとも思いました。
(意外と言霊を信じるので。己にそういうラベル貼をしてしまったら、そこに固定化されてしまう気がしたので)


けれど、元同僚から聞いたこの言葉で、(下世話な話ですがww)元同僚と「ざわっ」としてしまいました。
「高給取」。「高級取」とは…。
まぁ、元雇用主も正直「………」な人だし、そもそも会社自体が底辺会社だったので(企業の大小の話ではなく、発展性や進歩性の有無という点で)、「高級取」と言っても、そんなに高い年収とは思えないのですが。
それでも、おそらく彼女の年齢(50前後)も加味され、「年収350~400万くらい」はもらってたのかな、と。

そう考えると、残業ゼロ(彼女は残業するために残業する人なので残業してましたが)、7時間勤務、下請仕事で実質は派遣社員のような業務形態、何の経験がなくともできる系の事務…と考えれば、まぁ悪くない金額と思います。職場はめちゃくちゃ綺麗なオフィスだし。

しかし、彼女はその給与に不満なのです。
いや、自分の給料に不満のないサラリーマンなどいないでしょうが(現状の私だってそうですww)、彼女の場合、「会社の私に対する評価が低い」という発想で不満なわけです。
前職場の中では彼女は確実に周囲より給与が高かったにも拘わらず。
それはもう転職するしかない不満です。

しかもそこで衝撃の事実を聞いてしまった。
「あの人、正社員で働くの今が初めてだからさ」
…なんですと!?!?私は「女性初の総合職だった」と聞いていたけど…。
そう返すと元同僚は「いや、雇う側は履歴書みるでしょ。20代の頃はアルバイトで、そのまま専業主婦になって、離婚して今に至るんだって」と。
現役で所属している従業員の履歴書情報を、他の従業員に話す役員も相当どうかと思いますが、それはともかく。
元同僚とは、「40代後半になってから"はじめてのおしごとさがし"でそれだけ貰ってれば、良い方なのでは」という話をしました。
そして「何が不満なんだろ」と言った私に対しての、元同僚の回答が、本記事のタイトルです。

「そりゃ、バブルを経験しているからよ」

元同僚はオバさんと同世代なので(ちなみに彼女のことはオバさんとは思っていません。雰囲気もオバさんじゃないんだよなぁ。せいぜい姐御ってかんじ)、その時代を経験しているわけで。

「だって、ウェイトレスのアルバイトでもなんでも、時給1500円とかザラだったもの。
 ちょっとした事務職なんかだったら、2000円とかもらえたもの。
 正社員はそれ以上だった訳だし」


……そうなの!?!?!?


「だからさ、いつまでも現実見えてないと、自分の価値がそれだと思っちゃうわけ。
 未だに」

……なるほど!!!

私はバブル崩壊後の「失われた10年」の間に学生時代を過ごし、時給も高校生なら800円~850円、「ケンタッキーなら900円も稼げる!(油が強いから)」が基本で、大学4年の時は大企業の募集人数がのきなみ10人とかで、現在の東京の最低時給に目を丸くしている世代です。
新卒の子の「バイトの時給はキホン1000円ってイメージっすねー」という言葉に、ゲンコツしそうになったくらいです。

それが!私が!学生になる数年前までは!そんな時代が!


働いている時、そのオバさんの人格的問題は別として、「給与に対する異様な不満」が不思議でならなかったのですが(自分がもっと稼げる能力があると思うなら転職目指せばいいわけなので)、なんだか凄く目からウロコが落ちました。
要は「自分がそこでしか働けない」ことは理解してるけれど、「やってる仕事の給料が適正とは思ってなかった」んだなー。

ちなみに自分は、やってる仕事への給与としては適正だとは思っていました。
ただそんな仕事にしか就けない自分が空しかっただけです。


バブルとはなんだったのかしら。
例えば今、オリンピックその他特需で建設業界なんかはワッショイワッショイしてますが、それともちょっと違うよね。
何のスキルもなく、責任もない仕事をしている人でも、平気で稼げると思っていた時代。
新人OLが10万20万のスーツを当たり前に「月賦」で買っていた時代。

なんかのフィールド魔法でもかかっていたとしか。

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